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新潟地方裁判所 昭和49年(ワ)283号 判決

主文

一  被告は原告に対し、金二〇〇一万円およびこれに対する昭和四九年四月二五日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金五〇〇〇万円およびこれに対する昭和四九年四月二五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第1項につき仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

加藤桜子(昭和三七年九月六日生まれ。以下「桜子」という。)は原告と川上俊雄との間の子であり、被告は肩書住所地において「中山病院(外科、整形外科)」を経営している医師である。〈以下、事実省略〉

理由

一請求原因第1項(当事者)の事実は当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。すなわち、

1  桜子は新潟大学附属小学校の六年生に在学していた昭和四九年四月二四日の夕刻、新潟市内にある水泳クラブ「新潟ビーチセンター」で水泳の練習中、突然腹痛を覚え、直ちに帰宅して母親である原告に付き添われ近くのかかりつけの内科医の許で診察をしてもらつたところ、同内科医の手には負えないので外科医の診察を受けるよう勧められ、被告の経営する「中山病院」を訪れたものであること、

2  「中山病院」は被告の個人病院で、専任の医師は被告しかおらず、ほかに週一回ぐらいの割合で新潟大学医学部附属病院の医局からやつて来るアルバイトの医師と数名の看護婦とで運営されていたこと、同病院の診察時間は平日は午前九時から午後六時までであり、桜子が同病院を訪れたのは午後八時ごろであつたので、同病院には被告と宿直の看護婦山下千世しかおらず、しかも、被告も外出中で、午後八時四五分ごろ出先から戻り、診察に取りかかつたこと、

3  触診により、被告は、桜子の症状について腸閉塞によるもので、しかも腸が捻れて大きなしこりとなつているため一刻も早く手術をしないと生命に危険があるとの診断を下し、山下看護婦のほか被告の妻にも手伝わせて、準備を整え、午後九時三〇分ごろ、手術に着手したこと、手術はまず、桜子のへそ下、正中線にそつて一三センチメートルほど切開することから始められたのであるが、開腹したところ、腹腔内に右側卵巣から発生した小児頭大の腫瘍があることが確認されたこと、この腫瘍は卵巣から出た植物の茎様の基部の先端にぶら下がるようにして存在しており、基部が捻転しているため腫瘍は暗紫色を帯びて壊疽に陥り、腹腔内は腹膜炎を起こしそうな様相を呈していたこと、そこで、被告は術式に従い、腫瘍の基部を二重結紮し、これを切り取つたのち、術創の一部にタンポナーゼを施し、創口を縫合して作業を終えたのであり、その時刻は午後一一時ごろであつたこと、

以上の事実が認められ〈る〉。そして、証人大星章一の証言および鑑定人大星章一の鑑定の結果によれば、桜子の腹腔から摘出された腫瘍は卵巣に発生した未分化胚細胞腫と診断され、この種の腫瘍は子宮などに連続的に浸潤し、またリンパ行性に転移する悪性のものとされているが、転移頻度は比較的少なく、臨床的に予後は比較的良好で、手術後五年生存率は七〇パーセント以上といわれ、とくに、手術時、腫瘍が卵巣に限局し、浸潤、転移が認められない場合は九五パーセントの術後五年生存率を示すともいわれていること、本件の場合、手術時においてすでに腫瘍内での腫瘍細胞の浸潤増殖が始まつており、腫瘍中のリンパ管や血管内にもこれが認められたが、腫瘍は未だ平滑な被膜に覆われており、その形が崩れて他の臓器に転移し易くなるという状態にまでは至つていなかつたことが認められる。

二次に〈証拠〉および鑑定人茂野録良の鑑定の結果によれば、手術が終了したあと、桜子が死亡するまでの経過は、次のとおりであることが認められる。すなわち、

1  手術終了後、桜子は一階の手術室から三階の病室(三五号室)に移され、点滴(輸液)が始められた。

2  ところが、点滴が終わつて間もないころから、桜子は背中や腰部の痛みを訴え始め、起こしてほしいといつて、しきりに起き上がろうとした。そこで、付添看護婦をしている原告や同じ病室に入院している他の患者が協力して抑えると、桜子は両手を上に挙げ、身体を弓なりに硬直させ、ぽんぽんと跳るようにしてベッドの上をのた打つた。このときの桜子の両眼は白目を出してつり上がり、両手の指はそり返つて硬直し、全身がけいれん状態となつて、苦しそうなうめき声を挙げた。

そして、このような状態が続くうち、桜子は翌二五日午前一時三〇分ごろ、原告のふとした隙にベッドから床下に転落した。

3  このため体力が急に減退したものと見え、そのあと、桜子はしばらくぐつたりと疲れ果てたようにしていたが、しばらくすると、再び痛みを訴え出し、前同様の状態が同日午前五時ごろまで続き、午前四時二〇分ごろからは半ば意識を失い、うわ言までいうようになつた。そして、その間、桜子の術創からはかなりの出血が見られ、傷口に当てられたガーゼはたつぷりと血液を吸い、パンツやパジャマのズボン、袖口、そして、ベッドや転落したところの病室の床上までが血で汚れた。

4  そのあと、同日午前五時ごろから同六時ごろまでの間、桜子は静かに眠つたが、再び痛みを訴え始め、前同様、全身をけいれんさせ、ベッドに打ち付けるように身体をしきりに動かした。そして、午前七時三五分を過ぎたころからは視線が一点に定まらなくなり、一時的に意識を失つては回復するという状態が続いていたが、午前八時四五分ごろになると、顔色がひどく悪くなり、今までとは逆に身体を全く動かさなくなつた。そのうえ、午前一〇時二〇分ごろには顔色が一層悪くなり、呼吸が乱れ、全身が冷えきり、その間、強心剤の注射が打たれ、人工呼吸も試みられたが、桜子の心臓は午後零時四〇分ごろ、遂にその活動を停止した。

そして、〈証拠〉および鑑定人田村昭蔵の鑑定の結果によれば、以上認定のような桜子の術前状態、手術内容および術後経過等に鑑みると、桜子の死亡は何らかの術後合併症なしには考えられないところ、本件腫瘍摘出手術後に起こり得る、ショック、心停止、乏尿および無尿その他の術後合併症について逐一医学的検討を加えると、桜子の死亡は術後の出血により循環血液量が減少したことによつて惹起されたショック(出血性ショックあるいは二次性ショック)による疑いが強いことが認められる。この点について被告は、桜子の卵巣から発生した腫瘍が桜子の死亡に何らかの影響を与えたことは否定できないと主張するけれども、前認定のとおり、右腫瘍は浸潤増殖性のある悪性のものではあるが、転移頻度は比較的少なく、とくに、手術時、腫瘍が卵巣に限局し、浸潤、転移が認められない場合は九五パーセントの術後五年生存率を示すといわれており、本件においても、腫瘍はその内部での浸潤、増殖は見られたものの、未だ他の臓器に転移するまでに至らない状態で摘出されていることからすると、これが桜子の死亡の原因とは考えられず、被告の右主張はたやすく採用できない。

三右のとおり、桜子の死亡の直接の原因は術後出血によるショック(二次性ショック)である疑いが強いわけであるが、鑑定人田村昭蔵の鑑定の結果によれば、一般に卵巣腫瘍摘出手術がその術式に則り適正に行なわれたとすれば、術後腹腔内から多量の出血があるということはあり得ないことであり、それにもかかわらず、本件の場合、術後、桜子の腹腔からは多量の出血が見られ、そのうえ、桜子自身術後長時間にわたつて異常と思われるほどの痛みを訴えていることからすると、この出血は手術の際骨盤漏斗靱帯が損傷されたことによるのではないかとも考えられ、被告が腫瘍摘出後骨盤漏斗靱帯からの出血の有無を確認し損つた疑いが存することが認められる。

ところで、〈証拠〉によれば、一般に手術は、人体に対して重大な侵襲を加えることになるため、術前検査で異常が見られず、また手術が予定どおり順調に終つた場合でも、手術侵襲や治療措置に対する個体の反応性にはそれぞれ違いがあるし、手術についても人事のなすところ、時に不測の事態が生ずることもないとはいえないことから、医師は術後患者の観察を継続し、異常の事態の発生を早期に発見するための対策を予め講じておくこと、とくに緊急を要するため術前検査が十分に行なわれなかつた場合や、特殊な合併症がある場合、あるいは手術に困難した場合などには一層この必要性は大きく、講学上、これを「術後管理」と称し、今日では臨床医学上欠かせないものとされていること、その観察方法は一般には患者が手術室から回復室あるいは病室に移された後直ちに、その後は術後一時間以内は一五ないし三〇分おきに、その後の二時間以内は三〇分ないし六〇分おきに、さらにその後の約六時間以内は一ないし三時間おきに、そして、その後は異常がなければ三ないし六時間おきに、廻診を繰り返し、その都度、患者の全身状態(血圧、脈拍、呼吸、体温、意識状態など)および手術部位の異常の有無を診ることによつて行なわれることが認められる。これによれば、前述のとおり、本件手術は桜子の腹部を切開して腹腔内から小児頭大の腫瘍を摘出するという大がかりなものであつたのであり、しかも、〈証拠〉によれば、手術は急を要したため、術前には心電図検査と尿検査が行なわれただけで、X線撮影による検査などは行なわれなかつたことが認められるのであつて、その術前検査は十分なものとはいえないのであるから、本件においても、近代医学上、前認定のような術後における患者の観察は、その方法・程度が前認定のそれと同様であるべきかどうかは別としても、必要にして欠かせないものであつたということができ、桜子の手術の執刀医である被告としては当然にこれを実施する義務を負つていたというべきである。ところが、本件の場合、〈証拠〉によれば、被告は、手術終了後、桜子が手術室から病室に移された四月二四日午後一一時ごろから後は翌二五日午前九時ごろまで一度も桜子を廻診せず、付添看護に当つている原告が看護婦を通じて再三桜子の容態が異常であることを訴え、診察方を要請しても、被告は看護婦を介して、ただ安静を保つよう指示するだけであり、一方でその間に看護婦に命じて痛み止めの注射を二回と腹帯交換を三回させたに過ぎなかつたこと、そのうえ、被告は、四月二五日の最初の廻診の段階では、桜子の容態に気を止めた風もなく、その死亡の直前になつて異常に気付き輸血や酸素吸入を試みたが、その効果は現れなかつたことが認められる。これによれば、被告において、手術後、桜子につき前述のような観察の実施義務を尽したといえないことは明白であり、前認定の、手術後桜子が死亡するまでの経過に鑑みれば、もし、これが十分に尽されていたとすれば、被告は、手術後、桜子の術創からの出血の状態や痛みの訴え方の異常さに気付き、その原因を究明して対策を講ずることも、出血量等からして二次性ショックが生ずることのあり得ることを想定して予めこれに備えることも可能であつた筈であり、そうすれば、桜子はその一命を取り止めることができたものと推測することができる。したがつて、本件診療事故については、被告に前述のような観察の実施義務を怠つた過失があるというべきであるから、被告は不法行為者としてそのために生じた損害を賠償すべきである。

四そこで、その損害について判断する。

桜子の逸失利益

金一一〇六万円

(二) 葬儀費用  金三〇万円

(三) 慰藉料  金七〇〇万円

(四) 弁護士費用  金一六五万円

以上(一)ないし(四)の損害は計金二〇〇一万円であり、したがつて、被告は原告に対し右金二〇〇一万円とこれに対する桜子死亡の日(不法行為の日)である昭和四九年四月二五日から支払い済みに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべきである。〈以下、省略〉

(柿沼久 大塚一郎 竹内純一)

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